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Progress

Posted on 12月 19, 2017

ネックの番です。

 特Aクラスのホンジュラス・マホガニー材! おそらく20年以上経過した材です。
フレイムド・コア・コンサートウクレレはピックアップを乗せて研磨も完了です。

 私の物作り史、これは改造5弦バンジョー。ビートルズ、ヴェンチャーズそしてモダンフォークの洗礼をうけつつ辿り着いたのが
ブルーグラス。でも高価な輸入物には全く手が出なかった学生時代にアルミボディのピアレスという国産メーカー物をボディはべニア板を薄くはいだものを何重にも重ねて接着して、フランジは糸鋸とヤスリで穴を開けてなんとかそれ風に作り上げた物です。ポジションマークはセルロイドの下敷きでしたね。
 

投稿日時: 2017年12月19日 | コメント(0)

Posted on 12月 18, 2017

#5

 中学時代にのめり込んだプラモデルもいい加減に飽きてきたころ友達の家でポータブル―プレーヤーを聞かせて貰ったのがきっかけでポップスに目覚めたのです。楽器を初めて手にしたのは高校へ入ってから近所の質流れ屋で¥800のウクレレを買ってきましたが弾きたい曲があったわけでもなく、テレビでロシアのバラライカという三角形の変な楽器を見たのがきっかけでボディをちょん切ってべニアで塵取りみたいな胴体をこしらえたのが楽器いじりの始まりです。そうそう、模型は鉄道物も好きだったので食器棚に入れてあったお陰で50年を経て唯一残った弁慶号と自作の客車。70年代に塗装をし直しました。
 この先まだまだありますので長くなりますから、このページで制作進行の写真と共にご紹介していきましょう。

 目ですが本日も検査でしたがまだ眼圧が少し高いようでまた来週検査です。ですが作業はもうOKということで明日よりまた制作再開いたします。

 
 

投稿日時: 2017年12月18日 | コメント(0)

Posted on 12月 15, 2017

#4

1960年、中学生になった時、プラモデルブームの到来です。お小遣いも少し増えて殆んど全部つぎ込みました。
近所の文具店駄菓子屋では小さな安いのを、雑誌の広告で見つけた模型屋へ江古田、阿佐ヶ谷と自転車で繰り出したのです。
 音楽に目覚めるのはもう少し後です。

 おなじみプラモデルのパイオニア、「マルサン」「日模」「三共」「三和」「LS」と雪崩を打って登場しましたね。
写真のは当然全部あとからオークションでゲットしたものです。
 ニチモのゴム動力のイ号潜水艦、本当は胴体の下に鉛の重りとスクリューがあって自動浮沈式でした。日本国中の側や池に相当沈没しているはずですね。1・70のゼロ戦は比較的最近まで入手が楽でこれは懐かしくて適当にエイやっと組んだもの、ちょっとおデブの52型ですね。
 パットン戦車と1・35のデカいゼロ戦、相当ラフなパーツですけれど当時皆の憧れでした。戦車は当然モーターで動いて弾も発射できました。
まあおもちゃを自分で作っているようなものでしたね。

投稿日時: 2017年12月15日 | コメント(0)

Posted on 12月 13, 2017

#3

 木製「宗谷」の組み立て方の記事です。昨日の投稿の広告が載っていた1958年の「模型とラジオ」です。
当時のキットの組み立て図は単に部品今のプラモデルのようにしっかり順番を追って親切丁寧に書かれてはいませんでしたから
このような実際の手順と方法を書いた記事は大変参考になりました。
 写真のキットは後でプラモデルで有名になったLSというメーカーです。

ちなみに私はこの「宗谷」を模型屋さんで作りかけ途中のを見て欲しくなったのですがキットを手に入れることはできなくて、やっと手に入れたのがほぼ20年くらい前、それ以来いろいろな木製宗谷を探し出してはコレクションしているのです。
左下の宗谷、キットが同じようなのが二つありますが、後部のヘリコプターデッキを改装する前と後の違う形式のモデルなのですよ。

投稿日時: 2017年12月13日 | コメント(0)

Posted on 12月 12, 2017

その2

 昭和30年代の木製模型キットです。小学生の私に作れたのは車ではトラック、鉄道物ではトロッコ、とカーブの少なくて
安い物。船は胴体の接着さえこなせば積み木のような感じでなんとかできました。写真の物は後になってオークションでゲットしたものです。
 船の広告は1958年の「模型とラジオ」このなかで「いかづち」と「くま」を作りました。とってもマニアックなアイテムですけれど
当時は新造船でしたから模型になったのでしょうね。小学5年、6年生の時だったと思います。ちゃんとモーターも積みましたよ。

 一番よく覚えているのが「子供の科学」の1960年の冬休みの宿題でこの記事をもとにして細材を切ってクレーンを作って持っていきました。
流石にプーリーで回転する機構は穴が開けられなかったのでそのままの固定で電磁石で吊り上げるのではなく釘でフックを作って糸巻きにしましたけれど。
 いまじゃ電動工具を使ってもいちいちこんな違うサイズの木片を斜めに切って接着するなんて作業、とてもじゃないけれどやる気がおこりません。集中力がすごかったんですね。
 プラモデルも出だしてはいたのですがまだ身の回りにはやってきてはいませんでした。

 白内障の手術は両目が終わって本日目出度く眼帯が取れました。今までとは全くの別世界で退色したピンボケカラーから一挙に鮮明ハイビジョンの世界です。なかなかの感動です。但しまだ細かい字などを長時間見る作業と埃、チリは避けなけれいけないのでパソコンのこれぐらいのキーボード打ちでやめておきます。

投稿日時: 2017年12月12日 | コメント(0)